今。大河ドラマでは「Gackt謙信」が活躍しているようですが、
やはり謙信といえば戦国最強の「ツンデレ武将」。
「な、なによ! 別にアンタのために塩を送ってあげたんじゃないんだからね!
領民・・・そ、そうよ。甲斐の領民のためよっ!」
(そして信玄が病死したとの報告を受けて)
「信玄・・・・。アナタといっしょに逝きたかったな」(ぽつり)
いや。「ツンデレ語」的に↑がどうなのかは知らんですけど、
なんせ謙信って、人によっては萌え狂ってしまうような「デンジャラスキャラ」なのです。
うーん。戦国ラ○スの謙信がイメージに近いですか?(すいません意味不明)
ところで。謙信の親父は「長尾為景」。
この「長尾為景」って、越後守護代だったのですが、
2人の主君。上杉房能(越後守護) と 上杉顕定(関東管領)を攻め滅ぼした極悪ヤロウ。
「下克上」の代名詞みたいなヤツです。
なんでこんな男から謙信みたいな極度に「義理堅い」息子が生まれたのか。
これは戦国最大のナゾでしょう。
(宇喜田直家・秀家親子も同様ですけど、やっぱこっちの方がスゴイ)
関東の諸大名たちが、悪の組織「北条軍」の攻撃を受けてピンチに陥ったとき、
特殊な笛を吹くと越後から「上杉軍」が彼らを助けにやってくるのです。
♪越後が生んだ正義のマグマ 関東の平和を守るため ジェット気流だ新兵器~
この謙信の「関東侵攻」は1552年~74年にかけて12回。
1560年からは、ほぼ毎年行われています。
その中でも最も激しかったのが「第2回侵攻」(1560年)。
このときは北条軍を追い詰めて、小田原城を包囲。
帰りには、鎌倉鶴岡八幡宮で「関東管領」への就任式を行っています。
そのときのエピソード。
このとき「上杉軍」には、多勢の関東諸大名たちが付き従っていたのですが、
その中でも、「千葉国胤」と「小山政朝」の2人は関東屈指の名門。
で。鶴岡八幡宮で就任式が行われる直前になって、
この両者は「着座」の序列についてモメ事を起こしたのでした。
「私が上座(序列一位の席)に座る。小山殿はそちらへ座られよ」
「いやいや。そこは私の席じゃ。千葉殿こそそちらへ」
なんて言い始めたものですから、就任式が始まりません。
困った諸将たちは謙信に相談します。すると謙信は言いました。
「千葉殿は関八州の上である。そして小山殿は関八州の下ではない」
・・・・・・・・(゚Д゚)ハァ?
意味が。意味がよく解かりません。
けっきょく千葉と小山。どっちが上座に座ればいいんでしょうか。
これじゃあ全く解決になってません。
しかし史料によると、この謙信の言葉に関東諸将は感嘆。
「さすが謙信殿。当意即妙の知恵者だっ」
こうしてどうやら、その場は収まったみたいなんですが、
で。一体どっちが上座・・・?
なんか「推理パズル」みたいな話で気持ちが悪いエピソードなのです。