風邪。貴方ならどこから引きますか?
私は昔から 「のど」 が弱いので、風邪ひくときは 「のど」 から来ます。
しかし今回は妙な風邪をもらってしまったらしく、ひどい腹痛。
熱は一晩寝たら収まったのですが、いかんせん下痢がヒドくて・・・・。
いやー辛いですね。酒も飲めないのでホットミルク飲んでますよ。
さて。武田信玄で 「腹痛」 に関するエピソードを探ってみると、
やっぱり信玄と春日源助の痴話喧嘩の話が出てきます。
信玄の 「寵童好き」 は、ある意味有名。
そんな信玄のお気に入りの寵童に 「春日源助」 という少年がいたのですが、
あるとき、信玄が 「弥七郎」 という少年と寝ている。
というウワサが甲斐じゅうに流れ、源助の耳にも入ってしまいます。
とうぜん源助はジェラシー。拗ねていまいます。ぷんすか。
これを聞いた信玄は非常にアセリまして、すぐに源助へ言い訳の手紙を書きます。
「自分が弥七郎をくどいた事は何度もあるが、いつも「腹痛」と言って断られたんだよ。
本当だよ。これは本当に本当のことだよ。
これまで弥七郎と寝たことはない。もちろん昼夜ともそんな事はしてないよ」
「腹痛で相手にされなかった」って・・・・・。小学生レベルの言い訳。
厳格な名将信玄のイメージから、あまりにもかけ離れてて笑えます。
この手紙はけっこう有名なモノでして、かつて「トリビアの泉」でも紹介されていました。
ちなみに春日源助とは、のちの武田四名臣の一人 「高坂弾正」 のコト。
では。上杉謙信で 「腹痛」 に関するエピソードを探ってみますと、
やっぱり 「女性説」 が引っかかります。
謙信は毎月10日前後に原因不明の 「腹痛」 を起こしておりまして、
合戦中でも兵を退却させたり、絶好のチャンスで動かなかったり。
う~ん・・・・・どうもこれは 「生理」 なのではないか?
という説。
「松平記」 という史料によると、
北条軍が上杉領に侵攻してきた際、謙信は6月11日から10日間ほど腹痛を訴え、
出陣せずに城内にて引きこもっていた。
とあります。
これはどう考えても 「生理痛」 だよ。謙信は女なんだよ。
「謙信女性説」 は根強い説。いつかこれが定説になるかもしれません。
まあ。その前に 「松平記」 の信憑性の問題があるワケですけどね。(笑)
で。私もあまりにお腹が痛いので「薬屋」へ行って来ました。
薬屋の店員に相談したところ、おすすめの薬を紹介してくれました。
「この薬が一番強力ですよ。お腹の悪玉菌をほとんど殺してしまいますから」
「へえー。で、善玉菌はどうなるんですか?」
「もちろん死にます」
「え・・・・? それでいいんですか?」
「だからビオフェルミンも一緒に買って下さいね」
シマッタ。営業とはこうやるんですね。勉強になりました。